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日高村で“美術家×トマト農家”へ。純粋な人たちに囲まれ、他にはない景色や空気感でととのう。

2023.06.07

大漁舟隆之/Takayuki Tairyobune
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画家・映像作家。生まれは東京・中野。只今は青梅市在住。大阪芸術大学で映像を学び、以降は絵画作品と並行して映像を作り続ける。土偶や仏像などをモチーフとし、生と死、ミクロとマクロ、ざわめきと静けさなどのあらゆる相反するものの気配をあらわした「像」のシリーズの絵画作品、建築物や地図、細胞をイメージした細密画を制作。また手書きのアニメーションなどの映像制作も行なう。手法にこだわらず実験を重ねながら、異星人が眼を剥くような作品を追求している。

2016 年「第六回 天祭一〇八」にて「増上寺現代コレクション」グランプリ受賞。
2017 年「福爾摩沙(フォルモサ)国際映画祭」(台湾・台中市)にてアニメーション作品「太平ナンバー」を上映。
以降、個展、グループ展等で発表を重ねる。
2021 年に参加した「東京ビエンナーレ 2020/2021『アートユニット野営の東京大屋台』」より仮面制作も行う。

トマト農家の日高みよし農園に2週間滞在し、“美術家×トマト農家”として活動を行った。

(注)アーティスト・イン・レジデンスとは
アーティスト・イン・レジデンス(Artist in Residence、以下、AIR)とは、国内外からアーティストを一定期間招へいして、滞在中の活動を支援する事業をいう。日本においては1990年代前半からAIRへの関心が高まり、主に地方自治体が担い手となって取り組むケースが増えてきている。


Q:日高村のAIRに参加されたきっかけを教えて下さい。
A:実は、来るまで村のことは知らなかったんです。

もともと高知市内でアーティストの支援をされている門脇さんに、とてもお世話になっていたんです。何かと「こういう企画があるよ。応募してみたら」と声をかけてくださっていて。紹介していただいた中の一つが日高村のAIRでした。

また、私のアーティストデビューは愛媛県で行われた展示企画だったんです。四国はアーティストとしてデビューした場所として、ずっとご縁を感じていたので日高村のAIRに応募しました。


Q:滞在中の1日の流れを教えて下さい。

7:30  家をでて自転車で移動
8:00  トマトハウスに到着。作業を開始
10:00 小休憩(10分くらい)おやつを食べながら
パートの方とおしゃべり
12:00 お昼休み わのわで昼食
13:00 トマトの収穫作業を再開
15:00 小休憩(10分くらい)おやつを食べながら
パートの方とおしゃべり
17:00 収穫の作業終了
17:15 スーパーに寄って買い物をする
18:00 ご飯を食べたり、制作活動

今回は、5年前に日高村に移住しトマト農家に就農された三好さんのハウスで働かせていただきました。作業内容は、トマトの収穫、葉かき(地面にくっついている葉っぱをみんなで削ぐ作業)を順番に、毎日やる感じでした。一緒に働いたのは、三好さんと奥さん、自分とほか4名のパートさんで計7名。1日2回、休憩が10分ずつくらいあるのですが、そこでおやつを食べながら他愛もない話などをして、すぐに溶け込めましたね。

お昼ご飯にはハウスの近くにある「わのわ食堂」で日替わり定食を食べていました。地元のおかあちゃんたちが作っている定食で、バランスよく毎日何品目もあっておいしかったです!

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Q:他のAIRとは違って成果物の提出がなく、農家さんのもとで働くというスタイルはどうでしたか?
A:農業の知識をつけたかったので、ちょうど良いお誘いでした。

「ゆくゆくは農業をしたい」と思っていたわけではないのですが、ここ最近農業の知識があることで「作品作りの発想が変わるのでは?」と感じていました。農業を体験する入口を探していたところだったので、ちょうど良いスタイルでした。

実際に体験してみて、苗が並んでいるハウス内は広いし、本数も多い、毎年土を変えたり、マルチシートの張り替え作業をしたりと、トマト1個を作るのにそれだけ労力がかかっているんだなということに驚きました。

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あと、2週間という限られた時間でしたが、一緒にトマトハウスで働くことで、パートの方とも仲良くなり、旅行だけでは見えてこないような村の生活が垣間見えたので、とてもよかったです。お昼の12時になると「どんぐりころころ」の音楽が村内中に流れ、その音楽を足図にパートさんたちがハウスから出て、お昼休憩に入る。そんな日常のゆったりした空気が居心地よかったです。


Q:この2週間で一番印象深い出来事は何でしたか?
A:記録的な雪に見舞われたことですかね。すごいタイミングで来てしまったなと(笑)

滞在期間中に、高知の観測史上最大の雪が降ったんです。日高村に何十年も住んでいるおばあちゃんでさえ「こんな雪を見るのは初めて」って言っていました。日高村に来てから“村の人は知っているけれど、自分だけ知らないこと”ばかりだったのですが、雪だけは皆さんと一緒に驚くことができたので印象に残っていますね。

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雪の日には電車が止まっていたので、歩いて郵便局まで行きました。雪景色が本当に綺麗で。田んぼ一面に真っ白な雪が広がっている景色、山に雪が積もっている景色、一つひとつ感動していました。東京だったら、すぐ誰かに踏まれてしまったり、建物があるから、あんなに広範囲できれいに雪が積もることはないので。楽しくなって写真をたくさん撮っていたら、郵便局まで普通に歩いたら40分ぐらいのところ、往復で3時間かかってました(笑)

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Q:お休みの日には何をされていましたか?
A:自転車で40分くらいの山道を漕いで、沈下橋まで写真を撮りにいきました(笑)

一度、観光名所の沈下橋まで三好さんが車で連れていってくれたのですが、その時は写真を撮り忘れてしまったんです…(笑)5mくらい上の橋から見下ろしても、青くて透き通っている川の水や、ばーっと開けている景色に圧倒されてました。

自分は生まれも育ちも東京。日高村と真反対の環境で育ち、仁淀川のような広大で透き通った川を見ることが、ほとんどなかったんです。もう一度見に行きたいなと、休日に自転車で片道40分くらいの山道を漕いで、写真を撮りにいきました(笑)

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Q:大漁舟さんにとって、絵を描く動機はどこにあるのでしょう?
A:普段ふれている情報を吐き出すような感覚です。

自分は絵を描いていないと、気が詰まったりストレスがたまるようで、ライフワークみたいなものになっています。いつも住んでいる場所と違うところに来ると、見ているものや景色も変わる。すると、自分の中に新しい情報が貯まっていくので、それを吐き出す感覚で描いていくんです。だから、滞在中には日高村に来てから買ったスケッチブックが、全部埋まるくらいたくさんの絵を描いていました。

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Q:映画を専門に勉強されていたとのことですが、絵に転向しようと思ったきっかけを教えてください。
A:大学の卒業制作がいろいろなところで上映されたのが転機でした。

もともと小さい時から絵を描くことは好きだったので、大学もそっちの方向に行きたいと考えていたのですが、高校の先生に「美大に行くなら時間のすべて絵に使え」と言われたのを真に受けまして…
「出来れば絵を描く以外にも、テレビも映画も観たい!」と思ったので、映画の大学へ進学しました(笑)
卒業制作で作った手書きのアニメーションが思いがけず、色々なところで上映してもらって、味を占めまして。絵を描き続けた結果、現在に至ります。

Q:絵の他にもお面も制作されていますが、お面を初めて作られたのはいつですか?
A:以前、東京の増上寺で「第六回 天祭一〇八」というイベントがあり、「縁日」まつわるものを作ってと言われて、張り子で作ってみたのが最初です。

民族学が好きなのもあって、大阪の民族博物館によく行っていたのも、影響していると思います。
不思議と色々な国にお面が存在していて、宗教的なものや、まじないにまつわるもの、身の回りにあるものを、あり合わせて作ったようなものまであるんです。作者の名前も書いておらず、知らない誰かが作った作品のパワーにふれ、自分もやってみたいと思ったのも、きっかけの1つかもしれません。
よく民族学博物館にあるお面に貝殻が貼り付けてあるのを真似をして、押し麦を貼り付けていたのが発展していき、鏡やスプレーの先端、たわし、食パンの袋を止めるプラスチックなど、身の回りのものを使いお面を作っています。

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Q:今回の滞在中、NPO法人日高わのわ会で障がい者の方と年賀状を描くワークショップも実施していただきましたが、いかがでしたか?
A:普段絵を描かない方と一緒に描いて、描くきっかけを作りたいなと思っていたので、楽しかったです。

参加した方の中には「15年ぶりに絵を描いた」という方もいました。
日本の美術教育の影響が大きいのか、絵を描くことに対して苦手意識を持っている日本人が多いなと思っています。授業や通知表で自分が創った作品が品評され「上手に描かないと」という意識が生まれてしまっている気がするんです。

でも、僕はどんな絵でもその人にしか描けない面白さがあると思っています。ワークショップで1番意識したのは「正解も不正解もないから、好きなものを描いていい」ということを伝えることでした。どんな人でも好きに手を動かして、日常の一部で絵を描くようになったらいいなと。今後も制作活動とまた別に、今回のようなワークショップをやりたいですね。

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Q:今回の滞在を振り返って、改めていかがでしたか。
A:本当に居心地よかったので、東京に帰ると思うと名残惜しいです。

トマトハウスで一緒に働いたパートの方々とお話ししていると、皆さん人に圧力をかけたり、競ったりというのもなくて。純粋で無邪気な部分も残していながら、仕事には真剣に取り組む。そのバランスがここちよさにつながっていたのかもしれません。景色も人の雰囲気も含めて、僕が住んでいた地域にはないものだったので、心をチューニングをしてもらった感じです。とても楽しかったし良い勉強にもなりました。

アートの部分では、絵や映像、お面などいろいろやっていますがそれらを統合して1人の展示なのに、何人もの作品があるような展示ができたら面白いと思っています。

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