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古民家カフェを経営中!子どもと一緒に遊ぶ時間もあって、毎晩家族一緒に食卓を囲める生活に。


田舎を逃げ道に考えている人は、絶対に成功しない。
大事なのは、覚悟を決められるかどうか。

岡 嘉彦さん

高知県日高村フリーミッション型地域おこし協力隊 3年目。東京から家族4人で移住し、地域おこし協力隊として活動を開始。協力隊になる前は、15年間料理とワインを専門に世界をまわり、海外でワインのソムリエの資格を取得、飲食店のオーナーシェフを経験し、帰国してからも東京で2つのお店を経営していた。現在は、日高村の沖名地区に「村の小さな台所おきな」をオープンし経営している。


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Q.なぜ東京から日高村に移住されたんですか?
A.この“人”がいる日高村に移住したいと思いました。

ーーー岡さんが東京からの移住先をどうするか悩んでいたとき、既に東京から日高村への移住暮らしをはじめていた知人の小野さんに言われたある言葉が、決断のきっかけになったという。

「『田舎って結局どこを選んでも一緒。だけど、田舎に行って、最初に相談する人は役場の窓口にいる担当者だから、その担当者がフィーリングの合う人がいるところにしたらいいんじゃないかな。最終的には“人”で決めたらいいよ。』って言われたんですよね。それを聞いて、ああそうかと。

東京の移住者セミナー行った時に、日高村の役場の人に出会って、『東京だと保育園に入れなくて…』という相談をしたんです。その時点で日高村に移住するとは言ってなかったのに『2枠ならなんとかするよ』って、目の前で電話をして保育園の枠を確保してくれました。

自分たちの中で一番不安だった保育園のことだったんです。しっかりと私たちの話を聞いて、寄り添ってくれたことが嬉しくて、『日高村の人いいな』と思いました。」

ーーー後日、移住のイベントに参加した時出会ったのが、日高村役場の協力隊担当の安岡さん。「彼がいたから日高村に移住した」と話すほど、この出会いは岡さんにとって大きかったそう。

地域おこし協力隊は、自治体ごとに様々なミッションが決まっており、それを達成するために活動してくれる人を募集することがほとんど。しかし、安岡さんはこう言ってくれたのだとか。

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「『岡さん今の協力隊の枠では当てはまらないでしょ?岡さんみたいな人のために“フリーミッションの枠”をつくろうと思っているんです。よかったら日高村の協力隊のページまたチェックしてみてください。』って初めて会った時、安岡さんに言われたんです。

“フリーミッションの枠”をつくってくれる?そんなことある?って思いましたね(笑)

後から知ったんですけど、『最終的には“人”で決めたらいい。』と助言してくれた小野さんが、安岡さんに『移住イベントで面白い人に会ったんだよね〜!でも、今ある協力隊の枠では当てはまらないと思うから“フリーミッションの枠”を作ってみたら?』という提案をしてくれていたみたいで。

それから、安岡さんも“フリーミッションの枠”を作るために動いてくれていたんです。

保育園の枠を確保してくれた時も、“フリーミッション型”の協力隊として移住することを提案してくれた時も、日高村は素早く対応してくれた。

田舎だから全てがゆったりしているのがいいわけではなくて、しっかりしたいところはテキパキしていてメリハリがあるところが、自分のフィーリングにフィットしたんです。この“人”がいる日高村に移住したいと思いました。」

Q.協力隊になる前は、どのようなことをされていましたか?
A.日本人の味覚にあうワインを研究していたよ。

「東京で生まれ育ち、大学の時にオーストラリアへ留学したんです。

当時、衛星放送が始まったころで、海外の映画やドラマ、スポーツの試合など、いろんな番組がTVで見れるようになったんです。僕はバスケをずっとやっていたので、マイケルジョーダンの試合は夢中でみてましたね。

そういう、海外の景色や文化をテレビで観ているうちに『日本だけじゃいんだ』って、もっと広い世界があることを知ったんです。その頃から、なんとなく海外で何か成功できないかなって野望を持つようになりました。あと、単純に海外に住むのってかっこいいっていう憧れも(笑)

そんな感じでオーストラリアに留学して、当時は料理を仕事にして生きていくなんて思っていませんでした。でも、その留学の経験を通して“自分の英語もちゃんと海外で通じるんだ”って自信を持てたんです。」

ーーー留学で自信をもてた岡さんは、日本ではなく海外に住み続けることを選んだという。
その後、岡さんの人生を大きく変えた、タスマニアでの出会いについても話してもらいました。

「現地のワイナリーを訪問して、ワインのテイスティングに行ったんです。でも、自分は全くワインが好きじゃなかったから、旅行代を出してもらえるという条件付きで運転手としてついていきました(笑)

そしたら、ワイナリーの人に突然話しかけられたんです。『なんで君はワイン飲まないんだい?』って。『だってワインは美味しいと思わないから。』って言ったら、その人がぶどうを育てている土の違いや味についていろんなことを説明してくれたんです。それを聞いて、すすめられて飲んでみたところ、人生で初めてワインを『美味しい』と思えて。

でも、全く知識もなかった僕は、悔しいくらい味の違いがわからなかった。だけど、その人は『ひとつひとつ全然違うんだよ』って言うんです。自分にはわからない何かがあるんだって、ワインの奥深さに初めて触れた瞬間でした。それをきっかけに、全く興味がなかったワインにどっぷりハマりました。」

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「その後、日本へワインの素晴らしさ、日本文化への定着を広めようとしていたアメリカの会社に入社しました。そこでは、レストランでシェフをしワインと料理のことを学びながら、日本人の味覚にあうワインを研究していました。毎日とても忙しかったけれど、充実してて、本当に楽しかったですよ。」

ーーーと、笑顔の岡さん。その後、ニュージーランドで現在の奥さんと出会い、上海の中心地でオーナーシェフをするなど、いろんな国でいろんなことを経験し、東京に戻ってきたそうです。

「日本に帰ってきてからは、東京で飲食店を2店舗経営していました。本当に忙しすぎて、家に帰れない状態でした…東京はやっぱり家賃や維持費が高くて、アルバイトを雇っていたんですけど、人手が足りない時間は、自分が現場に出て働いてましたね。もう毎日バタバタで。

寝る時間は2、3時間。子どもと遊ぶ時間もない。
仕事漬けの生活を2年ほどしていました。」

ーーーなかなかハードな仕事をやられていた岡さん。
岡さんはいつも笑顔で、ハードだった時代はまったく感じないけど、そういう経験があって、田舎でゆっくり子育てがしたい。という想いになったようです。


Q.日高村にきて、ゆっくりしながら仕事されているのでしょうか?そして、今はどんなお仕事をしているのでしょう。
A.結局ゆっくりはしていないし、寝る時間は短いままですね(笑)

ーーー岡さんは現在、“村の小さな台所 おきな"という古民家カフェを経営しながら、料理教室したり新メニューの開発を続けているそう。

「一番に考えているのは、『協力隊として安定した給料が出てる間に、自分ができることを広げていくこと。そのために、いろんなことに挑戦すること。』言ってしまえば、安定した給料が出る今なら失敗できるんです。

だから、おきなで店舗での経営はずっと続けながら、外部のイベントに出店したり、テイクアウトの商品を増やしたり、ケーキやパンの販売も始めたりと、お金のことばかり考えすぎず、いろいろ新しい取り組みをスタートしています。あと、今は高知県で育った“土佐あかうし”のタンを使った、まるごと一本のタンハムを作ろうと動いています!今まで日高村になかった新しい特産品を作るっておもしろいなと思ってわくわくしているんです。」

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「そんな風に村内でも村外でも、新しいことに挑戦して頑張って活動していたら、テレビや雑誌に取材してもらえることも増えてきました。自分がメディアにたくさん出ることで、村の人、村長、役場の人も鼻が高くなってくれたらなって勝手に思っています。そうやって、いろんなことに挑戦する僕を自由に活動させてくれる日高村に少しずつ恩返しをしていきたいんです。

こんな感じで日高村にきてからも動き続けているので、田舎に来たけど、結局ゆっくりはしていない…寝る時間は短いままですね(笑)でも、東京にいた時と違って子どもと一緒に遊ぶ時間もあるし、毎晩家族一緒に食卓を囲める。これ以上の幸せはないですよ。」

Q岡さんはフリーミッション型の協力隊とのことですが、協力隊として実際に活動してみてどうですか?
A.日々、自由に活動させてもらっています。

「協力隊のみなさんの多くは、毎日タイムカードをしたり、日々の活動を毎日記録したりしていると思うんですが、フリーミッション枠で働いている僕はそういう“ふつう”のことを一切していないんです。

日高村役場の安岡さんが最初に言ってくれたのは『監視されたり規制されたりしたら何もできないでしょ、何やってても、何も文句は言わない。極論を言ってしまえば、平日寝ていても給料は入る。けど、それで困るのは3年後の自分だからがんばってね。でも、岡さんは正直、平日休日関係なく働いちゃうでしょ(笑)』って。

そう言ってもらった通り、本当に自由に活動させてもらっています。でも、自由ってことはそれだけ自分のやっていることに責任を持つってこと。フリーミッション型の協力隊は、村と協力隊の信頼のもとで成り立っているんです。

フリーミッションの枠を作ってくれたことも、これだけ自由に活動させてもらっていることも、全部実話なの。びっくりするでしょ(笑)安岡さんは本当に良き理解者で、日高村のみなさんには感謝しかしていないです。」

ーーーそう話したあと、「これしっかり録音してちゃんと安岡さんに聞かせておいてね(笑)」と笑う岡さん。安岡さんと岡さんの距離の近さと関係性が感じられました。

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Q.“村の小さな台所 おきな”をすることになった経緯を教えてください。
A.相談をしたら古民家のオーナーさんを市内から呼んで、村民の方が交渉をしてくれた。

「最初は料理教室とかいろんな企画書を出していたんです。でも、ある時『岡さんが本当にやりたいことってなんなが?もっと他にもある?』って安岡さんに言われたんです。『やっぱり飲食店やりたい!!』って言ったら、『飲食店やったらいいやん。お店として使えそうな空いてる家とかないかいろんな人に聞いてみ!』って言われて。

それからすぐに、使えそうな物件探しをはじめました。まずは、仲良くなった近所の人に『飲食店やりたいと思っているんです』っていう相談をしたら、『人集めるから、試しにやってみたらいいやん!』って言ってくれて。」

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「“イタリアン大試食会”という形で村民に料理を振る舞う機会をもらったんです。近所に回覧板を回して、いろんな人に声をかけて人を集めてくれました。結果、なんと5、60人も集まってくれたんです。それがきっかけで自分が料理をしていることを広く知ってもらえたので、村の集会所で何か集まりがあると『何かこしらえや』って料理をさせてもらえるようになったんです。」

ーーー引き続き物件探しをしていた岡さん。いつものように村の集会所で集まりがあった時に、なんと、古民家のオーナーさんを市内から呼んで、村民の方が交渉をしてくれたそう。

「あの時の村民のみなさんとオーナーさんの会話は今でも忘れられないですね。

村『ほらこの料理食べや〜!今、食べたか?』
オ『うん』
村『どう?美味しいやろ?』
オ『美味しいなあ。』
村『こんなの食べれる店できたらいいやろ〜?』
オ『うん』
村『今うんって言ったな!!』
って、かなり強引ですよね(笑)

みんなお酒も飲んでいてベロベロな状態だったんですけど、そのままオーナーさんの古民家の中を見せてもらって、『ぜひ使わせてください!』ってお願いをしたんです。

オーナーさんも空き家になってしまっているこの古民家を村の面白いことに活用してほしいと村長に相談していたけど、なかなか決まらず悩んでいたみたいで。カフェに使わせてもらうことを快く承諾してくれました。」

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Q日高村の魅力はなんだと思いますか?
A.道に迷っているお客さんを、畑仕事中のおじちゃんが「おきなかえ?」って声をかけて案内してくれる。そんなあったかさがある。

「日高村の魅力はやっぱり人です!

地域の人は、自分たちの孫みたいに子どものことを見てくれたり、野菜を持ってきてくれたりするんです。あと、お店のある場所がわかりにくくて、迷うお客さんが結構いるんですけど、そういうお客さんに畑仕事してるおじちゃんが『おきなかえ?』って声をかけて、店まで案内してくれることとかもたくさんあるんです。

そんなふうに、日高村にはあったかくて優しい人がたくさんいます。」

ーーーと笑顔で話す岡さんの様子から、村の人たちととても居心地のいい関係が築けていることが伝わってくる。そんな岡さん今が、力を入れていきたいことがあるそうです。

「地域のネットワークに、もっと若い世代のお父さんたちが参加してもらえるような取り組みをしたいんですよね。

お隣さんがどんな人で、何人住んでいるのかとか、どの家が空き家なのかとか、村の倉庫にある災害時用の電力をどう使えばいいのかとか、そういうの、若い世代の人ほど知っておかなければいけないと思うんですよね。知っておけば、実際に災害が起きたときも私たち若い世代ならすぐ動くことができるでしょう。

それに、今までこの村で暮らしてきた人たちは、ずっと、村人同士で集まって飲み会したり、草刈りをしたりしながら、地域に馴染んで、地域を守ってきた。そうやって世代をこえてつないできた絆を、これからも引き継いでいきたいんです。

そのために、僕は保育園の役員会長をはじめました。若い親世代とのつながりもずいぶん増えたので、コロナが落ち着いたらみんなで集まる飲み会とかを企画して、村の若い世代の人たちネットワークを広げていきたいなと思っています!

地域のつながりをもっと良くして、次世代にもつなげていければ、きっと子どもたちも『この村で育って良かった』と思ってくれるはず。親としてできる限りのことをしていきたいですね。」

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Qこの記事を読んでいる人にメッセージをお願いします。
A.「都心だと通用しない」みたいな逃げできてもよくないし、田舎をナメてくるような人は、どこに行っても成功しない。

「田舎で暮らしたい理由は人それぞれだと思いますが、『楽そう』とか『都心で通用しなかったから田舎で』みたいに、田舎をナメてくるような人は、結局どこで暮らしても成功なんてしないと思うんです。

だから、移住を検討するならまず一度、『逃げじゃないか』『ナメていないか』を考えてみてほしいですね。その上で、田舎に行きたい、暮らしたいと思えるなら挑戦してみてもいいんじゃないかなと思います。もし、うまくいかなくても失敗から学べることがあるでしょうしね。来るなら、本気でくる。失敗したとしても、それは自分の力不足。そこまでの覚悟をして来た方が、自分のためにも、地域のためにもなると思います。」

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